SiGnal
SiGnal's Style

第1期特集

SiGnalが行く冬の青春18きっぷ

(第2回)

乗るもよし、歩くもよし

Golvi

※SiGnal刊『「青春18きっぷ」の旅 傑作選』の「おまけ」ページでは「Dさん」で紹介されています。

 それは、ひとりのおじさんとの出会いがきっかけだった。

 2004年1月12日、日曜日。高尾駅で普通列車大月行きのボックス席にひとりおさまり発車を待ちながら缶コーヒーを飲んでいると、ひと駅なので失礼します、と初老のおじさんが向かいに掛けた。ザックはしょったまま、手には山歩き用のストック。どうやら軽いトレッキングという出で立ちだが、たったひとりで? と気になり、声をかけてみる。確か次の駅は相模湖だったような……。
「どちらの山へ?」と私。
「いやぁ、歩いて相模湖へね」
「?」
 少し間があき、おじさんははたと気づく。
「電車に乗っちゃいけないんだった。ここから歩いて北高尾を越えて、相模湖まで行くんでした」
 いやぁ気づいてよかったと、苦笑いしながらホームへと降りたおじさんの後ろ姿。果たして無事に相模湖まで辿り着けるのだろうかと思ううちに間もなく発車。予定よりも30分以上早起きしたおかげで、行程表より1本早い電車に揺られている。まずは小淵沢まで行きたいが、この電車は大月止まり。時刻表をめくり考えた。
 私もひと駅歩いちゃおう。

 持って出ていたブルーガイドパックを繰り、途中下車の目的地を日本三奇橋の猿橋に決めた。手前の駅、鳥沢からは約2km、鳥沢駅周辺には古い建物が残っているらしく、散策にもってこい。猿橋駅までは3kmほどになるようだ。普通に歩いて45分、猶予は1時間。散策しながら歩いて猿橋の見学もして……。間に合うかな、もし道が登り続きだったら? 寄り道したいものがたくさんあったら? そんなことを考えているとちょっと危険な気もしてくる。次の列車をつかまえられなかったら今日の行程はすべて水の泡。なにしろ、たいそう欲張りなことに、小海線からしなの鉄道までまわろうと考えているのだから。
 7時41分着、8時41分発。7時41分着、8時41分発。呪文のように唱えているうちに鳥沢着。小さな木造駅舎に駅員さんがいたので、ここに押してください、と下車印を頼んだ。いっぱしの鉄道ファンになった気分(*しかし券面に途中下車印は、トラブルの元のようですのでお気をつけください)。朝の甲州街道に人影はまったくなく、車がぱらぱらと行き交うのみ。片側一車線の道沿いに軒の低い木造の二階家がぽつぽつとたたずむ中、セブンイレブンの看板だけがやけに明るかった。

 幸い歩道も整備されており、冷んやりとした空気を感じながらてくてく歩き始めた。どこからかひとり男性が現れて、10mほど前を、ポケットに手を突っ込み、いかにも寒そうに早足で歩いている。旅人には見えず、何か用事らしい。みんな寝静まっているような朝に、まったくご苦労なこと……。
 緩やかな右カーブを曲がると、左手の視界が開けた。眼下には桂川が流れ、霞む山並みのもとに、トンネルを背にした赤い鉄橋が見渡せる。いま電車が来れば最高のシャッターチャンスかも、と思いながらシャッターを切った。眺めがよく、のんびり電車を待ちたい気分にもなったが、なにしろ時間制限があるのでまた歩く。
 山側には、見上げるような場所に中央高速道が山懐をつらぬいている。何度も車で走っているが、それほどの高さとは意識していなかった。新しい発見で、次に中央道を走る日が待ち遠しい感じ。
 右手に山、左手に川、車道歩きがこんなに気持ちいいなんて、高尾駅でおじさんに出会って本当によかった。おじさんありがとう。

 予想通りの大きさの猿橋の見学を終え、駅へ向かう。支流沿いに遊歩道が整備されていて気になるが、私は先を急ぐ旅人。紅葉時にでももう一度ととっておく。発車時間まで20分弱になっていた。ガイドブックには駅から徒歩10分と記載され、もう安心か? と思いかけたが、いやいや、どこまで信用できるかわからない。急ごう。
 左から線路が近づいてはきたが駅はまだ見えず、時計を気にしながらなんとなく小走りになったころ、ようやく到着してほっと一息。立派な鉄筋の駅を写真に収め、「猿橋」の下車印(乗車印というべきか?)を押してもらい、ホームで南アルプスの水だったかのペットボトルを購入して、喉を潤す時間もあった。猿橋8時41分発甲府行き。行程通りの電車におさまり小淵沢へ向かった。

 甲府で乗り換え一路小淵沢へ。左手に富士山が見え、山梨県にいることを実感。私が最初にそれを見たのはいつのことだったろう。広がる稜線の間に頭だけ出す富士が「富士山」だということが、なかなか理解できなかったことをよく覚えている。私にとっての富士は、優雅に裾野を広げた、新幹線の窓から見る「富士山」なのだった。なんとあさはかだったことか……。しかし、ふと車窓後方に目をやると、そのとき以上の驚きがあった。富士が、細長くはあるが確かに富士山型をしてそびえていたのだった。山梨県から、しかも小淵沢へ向かった車窓「右側」に、あんなに端正な姿の富士山を眺めることができるとは! 列車はホームにすべり込み、上りホームの柱には縦書きで「しんぷ」の文字。ホームのすぐ脇から広がる冬の田畑の向こうに、富士は慎ましやかに光っていた。隣りのボックスでお茶を飲みながらおしゃべりに興じているおばさんたちに教えてあげたかった。
 振り向きつつも電車はすすみ、左手の車窓いっぱいに、雪を戴き、陽の光を浴びた南アルプスがそびえた。「甲斐駒、鳳凰三山、そして北岳!」思わず叫びたくなるような美しさだ。たおやかな姿を見せる甲斐駒ヶ岳だが、向かって左手はかなり切り立っている。鳳凰三山の後方には、真っ白な北岳が少しだけ顔をのぞかせている……。車窓から見る雪山──今日の旅の一番の目的が、いま揺れていた。あの頂上に登り立てば、豆粒ほどの中央本線を見下ろせるのだろうか?

 10時27分、小淵沢到着。今日のメインの小海線へ乗り換える。小ぶりな車内はほとんどの席が埋まり、さすがの人気だ。これから開ける高原や山の風景を想像すると気持ちが高ぶり、目がキラキラしてくる感じ。どこかで一度だけ途中下車もしよう。「青春18」の旅だから、鉄道ファンっぽく、野辺山のJR最高地点がおあつらえのような……。
 そうこう思ううちに発車。ダイナミックな車窓は左手だろうと思っていたら、いえいえ、それはまず右手に現れた。甲斐駒、北岳、富士山、3つの高峰がそびえ、車内に嘆声が上がる。冬の澄み渡った空に背比べでもするように並ぶ三峰に、しばしの間見惚れた。小海線から見る山は八ヶ岳。そんな固定観念は吹き飛ばされた。
 列車は甲斐小泉駅にすべり込み、あまりの景色のすばらしさに早速降りてみたかったけれど、まだひと駅しか乗っていない。今日は乗るのが仕事だから、ひとまずここはとあきらめる。
 けれど、左手の林の向こうに、とがった頭の八ヶ岳が見え隠れするようになったころ、息苦しいような感じになってきた。高原列車の代名詞ともいえる小海線なのに、窓が開かないとは本当に残念。外の空気にふれたい思いがいよいよつのり、やはり野辺山が降りどきらしい。鉄道最高地点へ向かって歩いてみよう……と思った矢先、目を疑った。
 駅の手前、車窓に見えた「最高地点」は、何本ものカラフルな幟がはためく丸太小屋だったのだ。小屋の脇には木造りのイスやテーブルが並び、山を眺めてお食事を、といったところ。それはまったく予想外だった。キャベツ畑の真ん中に、碑だけがたたずむシチュエーション、私のほかに訪れるのは、首からカメラを下げた往年の鉄道ファンひとり……そんな情景を勝手に想像していた私だから、すっかり歩く気を失ってしまった。息苦しさは増すばかり。早く歩きたい! 二度目の衝動だった。

 松原湖駅のホームで大きく深呼吸し、旅に出たことを実感。いっしょに降りたシニアの5人組は、宿の迎えの車に乗り込んですぐに消えた。誰もいない小さなホームに置かれたベンチに腰掛けて目をつぶる。人もいない、車もいない、鳥の声さえも聞こえない……何にも束縛されない自由なひととき。足下には雪がうっすらと残っている。松原湖駅から海尻駅へ。ひと駅戻ればちょうど小淵沢行きの列車をつかまえられる。これ以上先に行くのはやめた。もう一度、あの山並みを目に焼きつけたい。
 坂になった小径を上がると国道に出た。松原湖行きのバスはすでに行ってしまったことを確認してから、国道沿いを上る。目ざすは松原湖。標高1200mを越す標識が見えたあたりで少し雪が増えた。シャリ、シャリ、シャリ、と雪を踏みながら歩く晴天の道。なんとさわやかなんだろう。カーブを曲がりながら降りてくる乗用車を横目に眺め、この道を、車でスキー場に向かった二十代のころを思い出す。あのときほどの雪だったら、こんな風に歩く気にはなれなかった。
 30分ほど歩いた松原湖にも人はいず、凍てついた湖面が静まり返っていた。なぜこんなところにひとりで? と自問自答しながらも、何か心は楽しい気分。これがひとり旅の醍醐味なのかもしれないと妙に納得し、今度は海尻駅への下り道を探した。

 手元には簡単な地図しかなく、営業しているらしいレストランの奥さんに道を聞く。ちょうどお昼どきで、道を聞くだけなのも申し訳なかったけれど、なにしろこちらは時間制限のある旅人。目的の列車を逃したら、次は1時間40分待ちなのだ。
 奥さんは、「これでわかるかしら?」と言いながら小さな地図を書いてくれた。駅の場所はわからないから駅近くの集落で聞いてね、と笑う。やはり地元の人は列車を使わないらしい。かなり大ざっぱな地図だったのだが、大きく迷うこともなく畑の間を貫く坂道を下る。青空には雲ひとつなく、ピリッとした空気が頬をなでる。行く手に甲斐駒や北岳が見えたら、どんなに素晴らしいだろう。残念ながら山並みはいたって普通。けれど、高原の空気を大きく吸い込んで、背筋を伸ばし、手を大きくふり、足を上げて軽快に歩くと、身体中がみるみるうちに浄化されていったのだった。

 白樺林を過ぎ、小さな川の流れを越える吊り橋を渡ると、いつしか海尻の集落に出た。家の敷地につながれた犬がこちらをじっと見ている。見つめ返すと初めてひと声、ワン!
 その声に驚いたのは私ではなく、ちょうど庭に出ていた飼い主のおばさんだった。こちらを一瞥したので、早速「海尻の駅はこちらですか?」と私。おばさんは不思議そうな顔をしてうなずくだけ。確かに不思議だろう。日曜日の昼さがり、静かな集落の一本道を、まったくのよそ者がひとりでのんびり歩いているのだから……。
 駅まではまだ距離があった。集落といっても人の行き来はなく、これ以上道を尋ねることはできなそうだ。そのうち車の往来も少ない名ばかりといえそうな国道に出、郵便局のマークを発見。駅近くの風情だが、肝心の海尻駅がどこに見えてくるのか予想できない。ずいぶん不思議な現象だ。
 行く手に見えた踏切まで歩き左手を覗くと、民家の陰に駅、いや、ホームを見つけた。木造の小さな家屋に沿って単線の線路が敷かれ、左カーブを描いている。無意識のうちに「駅舎」を探していた私にとって、それはまるで隠れ家のようだった。そういえば、さっき降りた松原湖駅もそうだった。小さな広場に小さなホーム、そんな雰囲気だったっけ。大切な誰かにだけ、ちょっとだけ教えたいような「隠れ家」。そんな気分になりながら、短いホームを端から端まで歩いてみた。カーブの中間にある小さな待合室に、ニコニコと顔を見合わせてお喋りするカップルが一組。
 私のほかにも「隠れ家気分」を味わっている人がいる。なぜかとても幸せな気分になり、ホームで大きく伸びをした。

 13時16分、カタカタと音を立てながら、小淵沢駅ゆきの列車が入ってきた。しなの鉄道までまわるはずだった私の旅が、この先どのように推移したかは、以下の地図にあるとおり。

*『「青春18きっぷ」の旅 傑作選』の巻末地図では、富士駅を新富士駅と誤記しておりましたこと、この場を借りてお詫び申し上げます。


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