SiGnal
Railway Writer's Mystery World
日本国有鉄道最後の事件
(第3回)
第一章 消えた要人

 2

 <ひかり41号>は、定刻の二〇時三四分に三分遅れて名古屋駅に到着した。

 寒風の吹きすさぶ新幹線16番線ホームには、駅長の田村と二人の助役に鉄道公安室長の永井が、<ひかり41号>を出迎えていた。

 11号車のグリーン車のドアが開き、乗客が降りてきた。最初は初老のいかにも会社の役員といった感じの男だった。ドアの前に立っている制服姿の駅長たちを見て、少し驚いたそぶりを見せた。続いて降りたのは、中年のビジネスマンで、先に降りた男のつれらしかった。

 それきりであった。あとに下車客が続く様子はなかった。

 駅長と助役は顔を見合わせ、ホームからグリーン車の中をのぞいてみたが、11号車にも、12号車にも、星野たちの姿は見えなかった。

 発車ベルが鳴ってドアは閉まり、<ひかり41号>は走り去った。

 ホームに取り残された駅長は、待ちぼうけを食わされた怒りをぶつけるように、庶務助役の横山をどなった。

「横山君、星野先生たちは、あの列車に乗っておられるのじゃなかったのかね!」

 青くなった助役が答えた。

「はい、本社の総裁室からの連絡では、星野先生、経済連の栗原副会長、それに監視委員会の佐田教授の三方が、41Aのグリーン車に乗ってこちらに向かわれるということでした」

「乗っておられなかったじゃないか」

「はい」

「君の聞き間違いじゃないのかね。とにかくもう一度確かめてみろ。次の列車かもしれんから、ここで待っている。早く行きたまえ」

 助役は小走りで駅長事務室に向かった。41Aというのは、<ひかり41号>の列車番号、つまり列車の正式名称である。

 ものの五分もたたないうちに、助役が息せききって駆けてきた。

「駅長、星野先生たちは、確かに41Aに乗ったそうです。あちらの係員がホームで見送っているので、間違いないそうです」

「なんだって!」

 ただでさえ大きな駅長の声がいちだんと高く響き渡り、その顔色が変わるのが見てとれた。

「しかし、さっきの列車には乗っていなかった。いや少なくともグリーン車には乗っておられなかった。それは確かだ。君たちも見ただろう」

 駅長が皆を見渡して同意を求めた。

「はい」

 口々に同じ返事が返ってきた。

 彼らの返事を聞きながら、田村は考えた。

(待てよ、41Aは三分遅れではいってきた。そうだ、三島−静岡間一二六.五キロ地点で急停車したという情報がはいっている。あれは何者かが非常ブレーキを引いた単なるいたずららしいという話だった。そして、七分後に発車したはずだ。いや間違いなく発車したからこそ、41Aは名古屋に着いた。後続の列車も遅れを取り戻している)

「となると、おかしいな。他の車両に移られて、こちらの知らぬ間に降りたのだろうか。おしのびだそうだから、出迎えることはお知らせしていなかったが、名古屋に着いたら駅長事務室にお寄りくださるよう星野先生には伝えておいたので、もしかしたら駅長室に見えられているかもしれん。戻ろう」

 そう言い終らぬうちに早足で歩き出した駅長を、全員が追った。

 駅長室に向かいながら、事務室にいてくれればよいのだが、と田村は不安げにつぶやいた。

 田村の期待は裏切られた。事務室に残っていた首席助役の加藤と庶務係の職員を除けば、星野はおろか、駅長室には誰一人いなかった。

「星野先生方は、どうなすったんですか」

 駅長が星野議員らを案内してくるものとばかり思っていた加藤が、田村の顔をうかがいながら、いぶかしげに聞いた。

 ソファにすわり込むと、田村は気を落ち着けるためか、すぐ煙草(たばこ)に火をつけた。心なしか、手が震えている。

 そんな田村を見守る横山たちも、しだいに不安にかられていった。

 その不安を追い払うように、公安室長の永井が言った。

「もう、ホテルにはいっておられるんじゃないでしょうか」

「いや、それはないだろう。栗原副会長と佐田教授だけなら、そういうことも考えられるが、星野先生あたりになれば、自分でタクシーやハイヤーを利用してホテルに行ったりはしない。選挙区の事情で秘書も同行しないということだったし、今度のような用向きなら、当然、国鉄が何から何まで用意するものと思っているはずだ。こちらから声をかけていることでもある」

 田村はそう言って、天井を仰ぎ、目を閉じた。何か考えるときのくせであった。そしておもむろに口を開いた。

「しかし、念のため、加藤君、尾張ホテルに電話をいれて、それとなく尋ねてくれ。いいか、それとなくだ。それから森村君は、41Aのレチチに、星野先生たちのことを聞いてくれたまえ」

 田村はてきぱきと指示して、報告を待った。

 レチチ(車掌長)は電報略号から広まった国鉄用語で、カレチ(乗客専務車掌)を指揮する責任者のことである。CHIEF CONDUCTORとワッペンに染め抜いてある。カレチは古く「客扱い列車長(カクアツカイレッシャチョウ)」と呼ばれた頭文字をつないだもので、車掌長はカレチの長(チョウ)なのでカレチチとなる。それをカレチとまぎらわしくないように配慮し、三文字におさめるためにカを取ってレチチとした。百十余年の歴史がある国鉄部内では、独特な用語が多く使われ、定着している。

 永井は、駅構内の点検手配を行なうため、鉄道公安室に戻った。

 三人が乗ったという<ひかり41号>が何事もなく発車して行った以上、星野議員たちの身に何かあったとは思えない。単なる行き違いだと自分に言い聞かせながらも、田村は得体の知れない胸騒ぎを抑えることができなかった。ひょっとして急停車と関係があるのではなかろうか。星野先生の身に万一のことがあっては一大事だ。自分の運命にもつながる明日の大事な会議を控えて、ちょっと神経質になっているのかもしれないな、と胸の中でつぶやいた。誰でもいいから、いい情報を持ってきてくれと願っていた。

 いつの間にか、名古屋鉄道管理局の総務、営業部長と公安課長も駅長室に顔をそろえた。

 間もなく、田村の期待は、再度、裏切られた。

 まず、隣の部屋で電話をかけていた加藤が戻ってきた。

「やはり、星野先生たちは、ホテルに到着していない模様です」

「そうか」

 田村は、ぽつんと一言もらしただけである。それは恐れながら予期していた答えだった。

 営業担当助役の森村が戻ったのは、それから一〇分ほど経(た)ってからだった。

「全改札口の係にあたらせましたが、誰も見ていないそうです」

「うむ」

 田村の顔がしだいに険しくなった。そして、横山の報告がそれに拍車をかけた。

「確かに、星野先生たちは、11号車のグリーン席に乗っていたそうです。レチチが確認しています」

「41Aは三島―静岡間で急停車したろう。それを確かめたかね」

「はい。41Aのレチチと旅客指令から聞いた話をまとめてお話しいたします」

「旅客指令にも聞いたのかね?」

「はい、レチチの話を聞いた後で、さらに詳しく知りたいと思いまして」

「そうか、じゃ、続けたまえ。いや、その前に、永井君、もう一度41Aに電話をいれ、京都に着く前に、星野先生たちがいないかどうか、車内を捜索してもらってくれ」

「もう手配済みです」

 うなずいた田村は、横山のほうを見て、うながした。

「まず、星野先生たちの件ですが、レチチは、車掌所で点呼の際に話を聞いていたそうです。とくに挨拶など気をつかう必要はないが、一応心得て置くようにとの指示があったということでした。そこで、とりあえず、発車間際に乗車を確認した模様です。それから車内改札の際にもチェックしています。従って、41Aに、星野、栗原、佐田の三先生が乗車したのは、疑う余地がありません。名古屋駅発車後、グリーン車をのぞいたところ、姿が見えなかったので、予定どおり名古屋で下車したのだと思ったそうです」

「お見送りしていないのだな」

「例の急停車の遅れが残っており、在来線の接続を尋ねに来たお客がいたので、そちらに手をとられていたようです」

「分かった。で、急停車のほうは?」

「はい、十九時二九分、三島―静岡間で、列車の非常ブレーキを引いた者がいて、列車が急停車しました。そのあと、何者かが12号車から飛び降りて、逃げ去ったということでした」

「なに! それは初耳だ。肝心なことを早く言わんか!」

「ただ、星野先生たちとは無関係のようです」

「無関係かどうかは分からん」

「41Aの急停車後、指令室はすぐに車両点検を指示しました。そこでカレチが外の様子を見ようとして12号車のドアを開けたら、デッキにいた何者かが飛び降りたので、すぐ車掌長へ知らせに走ったそうです。男でした。その他は異常なく、指令室は、いたずらで非常ブレーキを引いた男が怖くなって逃げたと判断したようで、いつまでも停(と)めておくとべた遅れになりますから、七分後に発車させたということです」

「なにか爆発物を仕掛けたとか、そういうことじゃなかったのかね」

「はい。脅迫電話などもかかっていなかったそうです。現に41Aは、そのまま無事に走行しています」

田村は目を閉じて、気を落ち着けようとした。そして、再び横山に聞いた。

「さっきの急停車の件だが、飛び降りた人間は一人だったのか?」

「はい、車掌長らが見たのは一人だったそうですが、見逃してしまった可能性もあり、断定はしませんでした」

「そのときは、星野先生方はおられたんだろうね」

「おられたように思うと言っています。なにぶん点検や放送に忙しく、何事なのかと車掌室へ集まってくる人たちもいて、とくに確かめたというわけでもなさそうですが」

「そうか」

 田村が力なく言ったとき、電話を受けた永井が、<ひかり41号>には、もう星野たちが乗っていないことを、改めて車掌長の言葉として伝えた。

「今までの皆の話を総合すると、三人の先生は、41Aが急停車後、当駅に到着するまでの間に、どこかに消えてしまったことになる。もちろん、これはありえない話だ。しかし、現実に三人はどこにもいないのだ。永井君、どう思う?」

「常識的には、急停車と関係があるか、やはり名古屋で降りたかどちらかでしょう。緊急の用件で列車を停め、静岡とか浜松、豊橋で下車した可能性もあります。まず、そのあたりを確かめましょう」

「ばかな。いくら星野先生でも<ひかり>を停められるはずがない。第一、そんなことがあれば連絡があるし、三分遅れ程度で着くわけがない」

「おっしゃるとおりで、残念ながら、星野先生方が途中下車した可能性はありません」

森村が口をはさんだ。

「ともかく41Aの運行記録が必要だ」

「はい」

 森村が記録を取りに席を立つと、駅長室は重い沈黙に包まれた。

 田村は考えた。

 なんらかの異常が星野先生方の身に起こったのだ。三人は消えた。どこに?

「こうしていても仕方がない。管理局長はお留守だし、私のほうから総裁室に状況を説明する。田村さんは県警と接触をとってみてください。正式な捜索願いということではなく、つきあいのある幹部の耳に入れてもらうのが一番です。折り返し、本社からも指示があるでしょう。営業部長は新幹線総局のほうをよろしく」

 総務部長が決断するように言い、駅舎三階の管理局へ戻った。東海道・山陽新幹線の運行は、沿線管理局から切り離され、すべて東京の新幹線総局がコントロールしている。名古屋駅に新幹線電車がたえず発着していても、名古屋の判断で措置できるのは駅務だけに限られているのだ。

(中京旅客鉄道に転換すれば、東海道新幹線は名実ともに自分たちの手に委(ゆだ)ねられる。うまく中京旅客鉄道に残れればの話だが……)

 田村は一瞬、緊急事態と全く無関係な思いにふけっていたことに気づき、あわててデスクの受話器を取り上げた。






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